一世の到着
海を渡った人々は、夢だけでなく、孤独も持って来た。
日系アメリカ人史の最初の章には、海があります。 日本からアメリカへ渡った一世たちは、荷物の中に着物や写真だけを入れていたわけではありません。 家族への仕送りの責任、故郷への未練、英語への不安、働く覚悟、成功への願い、そして孤独を持っていました。 到着したアメリカは、彼らをすぐに歓迎したわけではありません。 それでも彼らは働き、住み、学び、店を開き、畑を耕し、家族を呼び、生活の足場を作りました。
一世の多くは、農業、鉄道、製材、漁業、家事労働、店、都市の小さな商売などで働きました。 土地に向かう人もいれば、都市の下宿や日本人街に住む人もいました。 彼らは英語が不自由な中で、契約を読み、賃金を交渉し、差別に耐え、同郷のネットワークを作りました。 宗教施設、学校、新聞、組合、県人会、商店は、単なる便利な組織ではありません。 それらは、新しい国で孤立しないための命綱でした。
日本から来た人々にとって、アメリカは豊かな国であると同時に、冷たい国でもありました。 仕事はある。だが尊重されるとは限らない。 土地は広い。だが所有できるとは限らない。 子どもは生まれる。だが親は市民になれない。 こうした矛盾の中で、一世は自分たちの生活を作りました。
最初のアメリカは、畑と店と下宿の中にあった。
日系移民の生活を大きな政治だけで読むと、重要な細部が消えてしまいます。 夜明けの畑、魚の匂い、洗濯、弁当、商店の帳簿、新聞の漢字、教会や寺の集まり、 子どもに日本語を教える土曜日の学校。 そこに、日系アメリカ人の最初のアメリカがありました。 アメリカは国旗や大統領だけでできているのではありません。 家賃を払うための仕事、店の鍵、畑の土、家族への手紙でできています。
一世の歴史は、移民の努力の歴史であると同時に、移民の制限の歴史でもあります。 彼らは働きました。税を払い、地域経済を支えました。 しかし社会は、彼らを完全な隣人として受け入れたわけではありません。 この緊張が、日系アメリカ人史の全体を貫いています。